小さな物語*「それは素敵な」

それは素敵な

 

どうしてそんな話になったのかはわからない。

4歳の娘とお風呂に入っていた時のことだ。

娘はいつものようにお人形のアリエルを洗っていて、急に

「ねえアリエル、素敵なお船を探してるの?」と問いかけた。

「ええ、探しているわ」と僕はアリエルの声で応える(それが僕の役割だ)。

「どうして?」と娘。

「だって、素敵なものに囲まれていたら、嬉しいでしょう?」とアリエル。

「ううん、私はちがうの」

―― えっ?

「私は素敵なものに囲まれていても幸せじゃない」

そう言いながら娘はアリエルを洗い続ける。

「あんなにたくさんお人形さんに囲まれているのに?」と僕/アリエル。

娘は、うん、と首を振りながら、

「人それぞれだから」と言った。

―― 人それぞれ?

思いもよらない言葉に、一瞬時が止まる。

「人それぞれなんだよね。そういうのは。」ともう一度娘。

4歳の言葉。

でも、おそらく正しい意味合いで使っている。

人それぞれ ―― 確かにそうだ。

何に幸せを感じるか、それはどうしたって人それぞれでしかない。

でも、

「私は素敵なものに囲まれていても幸せじゃない」

その言葉には何かしら寂しさを感じさせるものがあった。

僕がただそう感じただけかもしれない。

何しろ、僕は君が幸せであることばかり望んでいるから。

もちろんそれは、押し付けられることじゃない。

何に幸せを感じるか、それはやはり君が決めることだ。

それでも ―― と僕は思う。

あるいは、それは見出すことができるものかもしれないよ。

「このお人形欲しいの…」と控えめな笑顔でお願いしてきたあの日の気持ちの中に。

大事そうに抱えて歩いて、一緒にたくさんたくさん遊んだ、その思い出の中に。

もしもそれを僕だけが覚えているなら、いつか一緒に思い出せたらいいな。

また一緒に見出せたらいいな ――

「人それぞれなんだよね。そういうのは。」と言った娘は僕の反応を待っているようだった。

「そうだね、人それぞれだね。確かに」と微笑んで伝える。

娘は納得したように蛇口をひねり、アリエルの石鹸を流し始める。

泡だらけだった手元から、真っ赤な髪とにこやかな表情のアリエルが現れ出す。

僕は娘の肩へと少しずつお湯をかける。

丁寧に石鹸を流し続けるその体が冷えてしまわないように。

 


ありがとうございます☆この先は本日のフォト日記です(^^)
※写真に加える言葉は明日書き加えたいと思います。

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